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車載電子機器のEMC性能確保(1)~金属板の電磁遮蔽能力の検証~

要約

自動車内には膨大な数の電気・電子機器が高密度状態で搭載されており、それらが複雑なワイヤハーネスによって接続されている。また車両内外の受信機能への妨害の有無も考慮しなければならない。このような中で車載電子機器のEMC性能を確保しなければならないのが現状である。本稿では、車載電子機器のEMC性能確保へのアプローチの一例、および、それに関わる弊社のシールドに関する研究事例を紹介する。

1.緒言

車載電子機器(以後ECUという)はそれぞれがひとつの機器でありながら、車両内の他の多くのECUが極近に装着されている環境に搭載され、複雑なワイヤハーネスに接続されてはじめて機能・性能を発揮する機器である。これらのECUは、スイッチング電源回路や制御回路用マイコンなどのクロックとその高調波がノイズ源となり、以下の形で他のECUや受信機への妨害源となる。
Ⅰ、ECUからコネクタ経由でワイヤハーネスへ流出するノイズ電流の内、同一向きのコモンモード成分が放射して他のECUやアンテナに飛び込んで妨害を与える(図1)。その逆も同様である。
Ⅱ、ECUそのものから放射されるノイズが極近のECUや受信機のアンテナに飛び込んで妨害を与える(図1)。その逆も同様である。
これらを抑制する設計が必要となる。

2.車載ECUにおけるEMC対応設計

前記の観点を念頭において、ECUの対EMC設計をおこなうためには、システム設計が出来ているという前提の下では、以下の①~⑥の順に設計検討を進めることが必要である。
① ECUの電気的構造設計(1):搭載予定場所の近くにどういう機器、配線、アンテナなどがあるのかを知り、ECUのシールド構造を決める必要がある。
② システムグラウンドの検討:ECUに接続されるワイヤハーネスの配策状況とグラウンド線の車体への接続状況を知り、まず大まかにグラウンドの状況をシステムとして把握することが重要である。
③ 回路設計:通常の回路設計以外に、配線などの寄生リアクタンス分も十分に考慮することが必要である。
④ デバイスの選定:EMC性能に優れた能動素子や適正なデカップリング素子の選定が必要である。
⑤ ECUの電気的構造設計(2):コモンモード雑音電流の流入出しにくいECU構造を考える必要がある。
⑥ ECU内の回路基板(PCB)のアートワーク設計:PCBからのディファレンシャルモードの流入出雑音を少なくするためのパターン設計が必要である。
ここでは、①の事例を紹介しつつ交流磁界の遮蔽について述べ、一研究事例を紹介する(②~⑥については別の機会にゆずる)。

3.ECUの電磁シールド(1)

A.ショートリングの交流磁界遮蔽効果

自動車の車体内で多くの電気・電子機器を接続するワイヤハーネスには多くの雑音電流が流れている。
図2はインテリジェント化された超音波トランスデューサが車両バッテリ配線の近くに搭載されていたので、バッテリ接続線を直流電流と重畳して流れるリップル成分(オルタネータ雑音)の作る交流磁界(磁束ΨR)の影響を受けていたが、これを回避するためにショートリングを装着したことにより解決した事例を示している。
このショートリングはコイルの内部を通過する磁束が変動すると、その変動を妨げる向きに磁束を発生させようとしてコイルに電流が流れるというレンツの法則を応用したものである。
このショートリングは厚さ0.4mmの銅板を一周巻きし、はんだ付けでコイル状にしている。
ショートリングによりリング内部の外来雑音である交流磁界を打ち消すための強い反発磁界を作るためには、ショートリングの円周方向に大量の電流が流れるようにその板厚を厚いものにするほど良いように思われるが、このことについては同じレンツの法則に基づくEddy currentによる銅板の交流磁界遮蔽能力の検証の項で述べる。

B.銅板の交流磁界遮蔽能力の検証

レンツの法則に従う電流は、磁束の軸方向に垂直な金属板の面内で、この面を通過する交流の磁束を取り囲む包絡線状に流れ、これをEddy current(渦電流)という。
直流の通過磁束を金属板で阻止することはできないが、交流の通過磁束はこのEddy currentの作る反発磁界によって低減される。
Eddy currentが流れやすいほど大きな反発磁界ができるので体積抵抗率が小さい金属で板厚が大きいほど交流磁界遮蔽能力が大きいといえるはずであるが、導体には表皮効果があるために、周波数が高いほど電流は導体表面しか流れなくなる。
よって、必ずしも板厚が大きいから交流磁界の遮蔽能力が高いとはいえないはずである。
これらのことを図3の測定モデルによって確かめた。
なお、回路基板を流れる電流が作る交流磁界が銅板を通過しようとする際にその磁界に対する反発磁界を作ろうとして銅板をEddy currentが流れている様子を図中で表している。
図3の回路基板は市販のスイッチング電源でありこの基板パターンを流れる電流の作る磁界を交流磁界センサによって測定し、シールド板の無い状態で回路基板上の発生磁界の最も大きい場所を特定し、基板表面に板厚の異なる銅板を(回路から絶縁して)置いた時の同じ場所における磁界強度の変化を測定した。
銅板の板厚は0.024mm、0.07mm、0.2mm、1.0mmの4種類とした。測定周波数はスイッチング周波数である69kHzとFM放送波帯である80MHzの2周波数とした。
この測定結果が図4である。図中で板厚0は、銅板がない場合である。
図中で茶色の縦の破線はそれぞれの周波数における銅の表皮深さ(Skin depth)を表している。
表皮深さdは下の式(1)による。

ここで、ρは導体の体積抵抗率を、ωは電流の角周波数(=2πf)を、μは導体の透磁率をそれぞれ表している。図4の結果を見ると、次のことがいえる。
①69kHzにおいて、銅の表皮深さである0.27mm以下の厚さの銅板では、交流磁界の遮蔽能力は板厚に依存しているが(この事例では-2dB/octave)、ほぼ表皮深さ近くである0.2mm以上の板厚では板厚を増しても磁界遮蔽能力はほとんど変わらず約17dBである。
②80MHzにおいては表皮深さは0.0074mmになってしまうので、今回の評価対象とした銅板全てが表皮深さよりも1桁以上大きい板厚0.024mm~1.0mmのもののため、交流磁界の遮蔽能力は殆ど変わらず約24dBである。 これらの実験結果より、69kHzという低い周波数であってもシールドケースとして銅板を用いる場合、板厚を約0.2mm程度より厚くしても交流磁界の遮蔽能力は変わらないという結果が得られた。
そもそも、表皮深さは導体への侵入電磁界の大きさがそこで0になる点ということではなく侵入電磁界の電界成分Eがe‐¹=0.368倍という(かなり大きな有限の)値に減衰する点である。
にもかかわらず、今回の実験で、銅板の交流磁界遮蔽能力がほぼ表皮深さ前後を境にそれ以上の厚さになっても一定になってしまう結果が得られたのは少々意外でもあった。
80MHzの場合にいたっては0.024mmよりも厚くしても遮蔽能力は変わらないため、それぞれの周波数において、更に遮蔽能力を求めようとした場合には、シールドケースの層を増やすしかないように思われる。逆の表現をすれば、例えば80MHzの交流磁界を遮蔽するのであれば、大げさな金属板を別途設けなくても、回路基板にプレーンな銅箔層を一層設ければよいということがいえる。

4.結言

ここでは、電磁雑音環境の厳しい車載電子機器(ECU)のEMC対応設計における検討必要項目と望ましい検討順序を示した。
また、その中のECUの電気的構造設計に関わる金属のシールド性の検証実験を銅板を用いておこない、その板厚を、表皮深さを境に、それ以上にしても交流磁界遮蔽能力に差がないことを確認した。